「俺を縛れ!」感想:柿喰う客
キャラクターを剥ぐ行為の先に…
★★★★★★★☆☆☆ 7点
あらすじ
2008年に“黒歴史的娯楽大作”として上演された作品の10年ぶりの再演。
幕府の大御所・徳川吉宗が大往生を遂げたことをきっかけに
悪名高き将軍・徳川家重は奇妙な難題を諸大名に突きつける!
横暴な幕府にも、心を削り身を削り一途な忠義を貫き通すのは
「三度の飯より主君が命」を信条とする弱小田舎大名・瀬戸際切羽詰丸!
その過激な滅私奉公は、やがて天下を揺るがす大騒動に発展する!?
久しぶりの徹頭徹尾エンタメで、濃密な笑いを届けてくれる舞台です。
主演の永島敬三さんは、10年前のこの舞台のオーディションに落ちたときから「柿喰う客」との関わりが始まったというから、なんとも因縁めいたモノを感じます。
近年では、柿喰う客の顔になりつつある永島敬三さんの進化っぷりも存分に満喫できる舞台となっています。
<ネタバレ> 裏切れないので、裏切ります。
日本一有名な忍者・服部半蔵は、実は忍者集団が代々名前を受け継ぐ襲名スタイルを採用しており、それが現代まで続いているという設定が導入されています。
代々「服部半蔵」というキャラを押し付けられて、それを守ってきた集団において、過去に一人だけ個性を許された「33代目服部半蔵」の話として、舞台の幕が上がります。
33代目が仕えたのは、頭の病で身体までおかしくなってしまった徳川家重。
彼は「キャラお定めの令」を発令。諸大名に強制的に“キャラ”を振り分け、そのキャラを演じないと死罪にすると悪法です。
諸大名たちは、「ドスケベ大名」「モノマネ大名」「ラーメン大名」など荒唐無稽なキャラクターを演じさせられます。
この時、役者はアドリブ的な対応を見せることがあり、役者として“演じる”ことと、大名として変なキャラを“演じる”ことが、多層的に絡み合っていきます。
そんな悪法の最大の被害者は、永島敬三さん演じる田舎の貧乏大名「瀬戸際切羽詰丸」です。
彼は「三度の飯より主君が命」という侍バカ。そんな彼はあろうことか「裏切り大名」というキャラを設定されてしまいます。1ヵ月以内に幕府に対して謀反を起こすことを強制されてしまうのです。
幕府を裏切らないと、お上に楯突くこととなり、裏切ったら裏切ったでお上と戦うことになる。そんなトンデモナイ状況に追い詰められていくのです。
キャラクターが染み付いてしまう瞬間
貧乏大名の切羽詰丸は、戦コンサルタントの「族谷軍兵衛」の助けも借り、謀反の準備を進めていきます。「(アソコが)ちっちゃい大名」という不名誉なキャラに不満を持ち、本気で幕府を“裏切る”ことに決めた「浦見深左衛門」も仲間に加わり、幕府と戦えるだけの戦力が本当に集まってしまいます。
このあたりから、切羽詰丸はキャラとしての「裏切り大名」ではなく、本気で天下取りを考える「裏切り大名」となっていきます。
この変化は、何かのキッカケがあるわけではなく、それこそ学校や職場で「キャラが定着する」ように、自然と馴染んでいきます。
アフタートークで永島敬三さん自身も「どこで裏切り始めるのか自分でも分からずに演じている」と仰っていたのは、興味深いです。
結果、切羽詰丸の謀反は成功し、徳川家重を追い詰めます。
しかし、徳川家重が悪名高い将軍を“演じて”おり、すべて息子の「徳川家治」を引き立てるための“演技”であったことが判明します。
本来は忠義心に篤い切羽詰丸が、この話に感動している最中、切羽詰丸は息子である「瀬戸際勝々丸」に“裏切られ”て殺されます。
そして後日談。
「キャラお定めの令」が無くなったことで、33代目服部半蔵も自由に生きていくことを認められます。しかし、服部半蔵というキャラが無くなった彼は、その後すぐに亡くなってしまうのでした。
「キャラなんていらない。個性的に生きれば良い」という教訓めいたメッセージを発信した途端に、「ある程度“縛り”がある人生の方が楽である」というもう一つの事実を突きつけてくるのでした。
キャラの下に、本当の自分なんていない
カーテンコールの前に、永島敬三さんが裸で登場するというドタバタがあり、幕が閉まります。
この時、観客は俳優・永島敬三がフザケているようにしか見えません。実際、田中穂先さんも「敬三さん、服着てください!」と役名ではなく、名前で呼んでいます。
しかし、この俳優・永島敬三も、台本通りに“演じられた”役であることは明らかです。そもそも、永島敬三さん自身がやっていたとしても、それは「柿喰う客の舞台に立つ永島敬三」というキャラクターを演じているわけです。
与えられた役である大名に、さらに劇中でキャラクターを割り当てたのと逆に、与えらた役が終わっても、まだキャラクターが存在することを表現しているのだと思います。
キャラクターの下にいるのは「本当の自分」などではなく、「別のキャラクター」が潜んでいるだけである。自分に置き換えて考えてみると…。
このドタバタ劇によって最後の「“縛られる”人生の方が楽である」というメッセージが、より鋭利になって観客に突きつけられます。
エンタメ色が強い本作でも、虚構とリアルの境界線を曖昧にして、どこか居心地の悪い感覚を植え付けてくるのは、さすが柿喰う客。
劇団員が増えたことで、ストーリーラインもがっちり固まっており、本公演らしい仕上がりになっていました。
意外だったのは、「族谷軍兵衛」を演じた神永圭佑さんや、「浦見深左衛門」を演じた平田裕一郎さんの存在感。演技もうまく、舞台に爽やかな空気を呼び込んでおり、かなり効果的に効いていました。
“2.5次元系の俳優さん”と侮っていましたが、認識を改めました。
残すところ、あと8ステージですが、少しでも興味がある方はぜひ本多劇場へ。
演劇が初めてという方にもオススメです。