郵便配達は二度チケットをもぎる

演劇未経験者が、駄文をこねます。

「目頭を押さえた」感想:iaku + 小松台東

田舎者に爽やかな風が吹く

f:id:mAnaka:20180205135614j:plain★★★★★★★★★☆ 9点

あらすじ

山間にある人見村。衰退の一途を辿るこの村の林業と、この地で古くから行われてきた喪屋における葬儀。この2つの伝統を担ってきた中谷家と、8年前に都市から越してきた杉山家は親戚関係にあったが、杉山が葬祭コンサルタント業を人見村に持ち込んだことで、家族間の溝は深かった。ただ、同い年の高校生の娘たちは、子どもの頃から親友のような存在である。杉山の娘・遼は、母の形見である一眼レフカメラを愛用し、村に暮らす人たちのポートレートを「遺影」と称して撮影してきた。中谷の娘・修子は、遼の写真が大好きでいつも率先してモデルになった。そんな修子と遼が迎えた高校三年生の夏。この小さな田舎でセンセーショナルな出来事が起きる。それは、村に暮らす大人や子ども、すべての無名人たちの未来を、哀しみを伴う希望で包んだ。

全編関西弁で演じられていた舞台を、小松台東の演出で宮崎弁で再解釈した作品。
「方言」や「地方」にアイデンティティを見出す2つの劇団による共通点が、見事なコラボレーションを生み出していました。

<ネタバレ>ムラ社会の温かみと生きにくいさ

舞台のテーマは「田舎から去る者・残る者」の分断です。

杉山の娘「遼」は、高校生の写真コンクールで全国1位になったことをキッカケに、東京の美大への進学を志すようになります。
元々は妻の実家でしかない人見村で孤軍奮闘する杉山は娘の東京進学に猛反対。さらに、嫉妬も含めた複雑な感情を抱く従姉妹で親友の「修子」、村から著名な写真家が生まれる可能性に色めき立つ村人たちなど、様々な思惑が渦巻くことになります。

そこに女子高校生ならではの思春期の悩みも絡み、最初は温かい田舎暮らしに見えていた人見村も、“ムラ社会”として息の詰まる部分が見えてきます。

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遼を持ち上げる村の組合は、遼の個展を開こうと動きます。この取り組みの中心人物は修子の父親で、遼の叔父にあたる「中谷」。
中谷は村の伝統を守る使命を抱えながらも、遼の東京進学を後押しする懐の深い人物として描かれますが、跡取りである息子「一平」がゲームばかりで一向に独り立ちしないという悩みも抱えています。

そんなある日、決定的な事件が起こります…。

目頭を押さえるとは?

村の中心人物である「中谷」は、本職である林業の作業中に木から落ちて事故死します。伝統を重んじていた中谷のために、“喪屋(もや)”を使った葬儀が執り行われることに。

この“喪屋”の葬儀とは、小屋のなかに屍体とその跡取りが入り「目頭を押さえる」というモノ。林業が盛んだったこの地域では、木から落ちて死亡する人が多かった。その屍体は落ちた衝撃で目玉が飛び出てしまう。その“穢れ”を取り払うために、跡取りが文字通り「目頭を押さえて」目玉をもとに戻してあげる儀式である、ということが判明します。

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本来は現代的な葬儀を生業とする杉山ですが、人見村の村人として生きることを決意し、この伝統的な葬儀を自ら執り行います。嫌がる一平を無理やり“喪屋”に引き込む杉山は、絶叫しながらも一平と共に、この葬儀を完遂します。

そして、場面転換。
事故から半年先の話として、遼が東京へと旅立つシーンが描かれます。
そこには人間として成長した一平の姿も。

遼と修子とのわだかまりは完全には無くなっていないながらも、田舎を旅立つ者・田舎に残る者、両方に爽やかな風が吹き、幕が閉じます。

目頭を押さえたその先に

“喪屋”での葬儀とは、通過儀礼を意味しています。
おそらく、過去には跡取りが完全に独立する儀式として執り行われていたはずです。

ゲームばかりの一平はもちろんのこと、娘を自分勝手に縛り付ける杉山も、この儀式を通過していないため、どこか子供でした。

最後のシーンで杉山の登場はありませんでしたが、遼が東京に進学することを許していることからも、杉山も一平と同様に成長していることが分かります。

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 なかなか表現しにくい、「田舎の温かさ」「その裏に潜む生きにくさ」を見事に描ききっています。だからこそ、そこを旅立つ人にも残る人にも、希望が見えるのだと思います。静かにココロを打つ、傑作でした。

 

iakuの舞台は『エダニク』しか観たことなかったのですが、『目頭を押さえた』もそれに匹敵するほどの完成度。地方の劇団だからこそ表現できる可能性を存分に見せつけられました。これからもチェックしていきたいと思います。