郵便配達は二度チケットをもぎる

演劇未経験者が、駄文をこねます。

「粛々と運針」感想:iaku

「生きている」ことと、「生きる」ことの違い

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★★★★★★★★★★ 10点

あらすじ

築野家。弟と二人で母を見舞う。病室で母から紹介されたのは、「金沢さん」という俺たちの知らない初老の紳士。親父が死んだあと、親しい仲らしい。膵臓ガンを告知された母は、金沢さんと相談の結果、穏やかに最期を迎えることを選んだという。まだ治療の可能性はあるのに。なんだよ尊厳死って。誰だよ金沢さんて。

田熊家。平均寿命くらいまで支払いを続けたら自分のものになる小さな一軒家を去年購入。その家のどこかで子猫の鳴き声がする。早く助けてあげたいけど、交通事故で頸椎を痛めた夫はケガを理由に探してくれない。私は、お腹に新しい命を宿しているかもしれないのに。不思議。この話の切り出し方が分からない。 平凡な生活の内に潜む葛藤を、周到な会話で描き出すiakuの新たな試み。

 「生命」の終わりと、「生命」の始まりに葛藤する2組の家族が、同時並行に展開しつつ、いつしか絡み合ってくる濃厚な物語。

iakuらしい、軽やかで温かい会話劇です。

<ネタバレ>自分の人生を生きる

舞台は、築野家と田熊家の物語が同時並行で繰り広げられます。
特に暗転もなく、交互に各家族の話が進行。その合間に、縫い物をする神秘的な二人の女性の会話が挟み込まれていきます。

築野家は、母親が末期の膵臓ガンになっており、本人は尊厳死を希望するという“生命の終わり”に直面しております。いまだに母親と実家暮らしをする、うだつの上がらない兄・一(はじめ)は当然のことながら延命治療を求めます。しかし、すでに結婚し自立して生きる弟・絋(つなぐ)は、どこか母親の死をすでに受け入れており、遺産の話などを持ち出します。はそんな弟に苛立ちを隠せません。

一方、田熊家は、妻・沙都子(さとこ)に妊娠した兆候があり、“生命の始まり”に直面しています。本来なら喜ばしいことなのですが、この夫婦は結婚する際に「子どもを作らない」という約束を交わしています。しかし、いざ妊娠してみると、夫・應介(おうすけ)は子どもが欲しくなってしまいます。なんとか説得を試みるも、キャリアウーマンとして、自分の道を歩きたい沙都子は、断固として堕ろそうとします。

このすれ違い続ける家族が、ある瞬間から、2家族入り乱れて会話し始めます。

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これまで舞台を暗転させず、演者も退場させずに進行してきたため、この2家族が交じり合う瞬間があまりにも自然に美しく、サブイボものです。

しかし2家族が交差するという奇跡がおきても、それぞれの葛藤がキレイなカタチで解決するという奇跡は起きません。

「生命を尊重する」というきれい事を吐き続ける、應介
「それぞれの生き方を尊重する」と言って譲らない、沙都子

どちらの主張にも共感があり、一向に結論はでません。

ここで、縫い物を続ける女性2人が、死に瀕する母親・結(ゆい)と、沙都子が宿す子・糸(いと)であることが判明します。2人がいる場所は、おそらく「生と死」の境界線で、縫い物を続けることで「時を刻む=運針」をしているということでしょう。

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どんな状況でも、粛々と平等に時は流れて行く。結論が出なくても、時間は進む。

それぞれの家族のもとに電話がかかってきます。田熊家には懸案事項の一つだった交通事故に関する電話。築野家には母親が危篤状態になっていることを知らせる電話。

どれだけ頭を悩ませても時間は止まってくれない。
なにも決まっていないけど、とりあえず前に進まなくてはいけない。

それぞれが、新しい一歩を踏み出した瞬間に、止まっていた築野家の古時計の鐘が再び動き出すのでした。

 

この家族が今後、どうなっていくのか。正解は無いと思いますが、一つだけヒントがありました。

縫い物をする女性は、
縫い物の終わりを意味する「」は、生命を終えようとする母親。縫い物の始まりを意味する「」は、生命を始めようとする新しい子ども。そういう風にリンクしているとするながら、應介沙都子の子ども・は、この世に生を受けるのではないでしょうか?願わくば、そうあって欲しいと思います。

簡単には答えのでない問題に、単にケリを付けるのではなく、葛藤を浮かび上がらせ投げかける、とてもiakuらしい舞台でした。淡々とした会話劇のなかに、計算され尽くした演出が隠れており、ココロ動かされます。

今回、「iaku演劇作品集」と銘打たれた再演のなかで観劇できたのが「粛々と運針」だけだったのですが、それを猛烈に後悔させられました…。このあと、全国でも公演があるようなので、お見逃しなく。