郵便配達は二度チケットをもぎる

演劇未経験者が、駄文をこねます。

「ゲゲゲの先生へ」感想:前川知大

詰め込まれた水木しげるへの愛

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★★★★★★☆☆☆☆ 6点

あらすじ

 平成六十年。子供が生まれなくなって人口の激減した日本。人は都市に身を寄せ合い、田舎は打ち捨てられ植物に飲み込まれている。都市は権力による抑圧的な社会で、貴重な妊婦と赤子は政府の管理化に置かれている。

 

 ある廃村に、根津という男が一人で暮らしている。根津は半分人間、半分妖怪の半妖怪。かつて村人がいた頃は、彼の周りに妖怪の姿があった。しかし村人が減り、国中で子供が消えていくのと平行して、妖怪たちも姿を消した。根津は、なぜ自分は消えないのかと考えつつ、何かを待つかのように十年以上、独りまどろみの中にいる。

 

 ある日、根津の前に都市からきた若い男女が現れる。都市は突如現れた謎の怪物によって混乱しているという。女は妊娠しており、混乱に乗じて逃げてきたのだ。

 

 根津と二人の会話を通じて、根津がなぜ半妖怪になったのか、なぜ妖怪たちが消えてしまったのか、そして都市に現れた怪物はなんなのか、次第に明らかになっていく。

 

そしてその怪物は、三人のいる廃村に向かいつつあった。 

 現実と虚構の境界を描き、人間の本質をあぶり出す手腕に長けた前川知大さんが、“あっちの世界”を作り出した水木しげるの世界に挑んだ意欲作です。

<ネタバレ>“ある”という現象について

 この舞台の主人公となる根津(ねず)は、「ねずみ男」と「水木しげる」を合わせたような存在。ねずみ男と同様に、半分人間・半分妖怪の半妖。水木しげるにとって、ねずみ男が一番のお気に入りだったことは有名ですが、その中途半端さが“こっちの世界”と“あっちの世界”をつないでいるワケです。根津が語り部になるのは必然ですね。

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 根津は廃村に現れた若い男女に、 半生を語り始めます。なぜ根津は半妖になったのか。村にいた妖怪たちはなぜ消えてしまったのか…。

その中に、水木しげる作品が短編のように挟み込まれます。

・根津少年の通過儀礼として登場する「丸い輪の世界」

・根津がはたらく詐欺の一つとして登場する「錬金術

・街を破壊する怪物として登場する「コケカキイキイ

どの作品も人間の愚かしさをドライに、でも優しく見守る目線が色濃く出ています。その思想は舞台でも存分に発揮されていました。

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今回の舞台で根底に流れているのは「“ある”という現象」についてです。

昔は村にたくさんいた妖怪たちも、人間が減るにつれて姿を消していきます。妖怪の存在を認識してくれる人がいなくなるため、妖怪も存在できなくなってしまうのです。そうして、半妖の根津だけが廃村に取り残されていました。

舞台の最後に、若い男女が妖怪たちの気配を感じ取ることで、彼らも帰ってくることができるのですが、この「観察者」という存在を強く感じさせます。

前川さんが生み出す舞台も、観客という「観察者」がいないことには存在することができません。“こっちの世界”と“あっちの世界”の境界を描いているという意味では、妖怪も舞台も大きく違わないのかもしれません。

 

東京公演は終わってしまいましたが、全国を巡るツアーは続いていきます。この不気味で優しい境界が全国に広がることで、舞台/妖怪たちも続々と湧いてくるかもしれませんね。

 

舞台に登場した原作はこれで読めます
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